2011年2月|経済学部ブログ|名古屋経済大学/名古屋経済大学 短期大学部

2011年02月の記事一覧

アンゴラを通して見た日中の通商外交

2005年当時のアンゴラの首都ルアンダ
2005年当時のアンゴラの首都ルアンダ

 先日の中日新聞に、「アンゴラ、日本式地デジを採用」という小さな記事が掲載されていた。アンゴラは、アフリカ南西部にある国で、中日新聞にこの国に関する記事が載ることはほとんどない。記事は、アンゴラが、今年3月から、首都ルアンダで日本方式による地デジの試験放送を開始し、その後本格採用する予定になっているとの内容であった。地デジの国際標準規格は、日本方式のほか、欧州方式、米国方式がある。アフリカ諸国は、歴史的に欧州の影響が強く、欧州方式を採る国がほとんどだと予想されていた。アンゴラを含め15カ国が加盟する南部アフリカ開発共同体(SADC)は、地デジに関しては、欧州方式を原則としながらも、加盟国が個別に規格を決めることにしていたとはいえ、SADCの最有力国である南アフリカ共和国が欧州方式を正式採用するなか、アンゴラがアフリカで初めて日本方式を採用するというのは、一見すると、日本とアンゴラの経済関係の緊密さや日本のアンゴラとの通商外交の成果のようにみえる。しかし、実際は、2006年に日本方式導入を決めたブラジルが、同じポルトガル語圏のアンゴラに日本方式を採用するよう強く働きかけた結果のようだ。

上海万博アンゴラ館
上海万博アンゴラ館

 アンゴラは、1975年にポルトガルから独立したが、その後27年間にわたって内戦が続いた。内戦が終結した2002年以降、外資の導入によって経済の復興と発展を図ろうとした。特に、内戦と直接的な関わりを持たなかった日本からの投資に大きな期待をかけていた。2005年愛知万博への参加もアンゴラの認知度を高め、日本からの投資を呼び込もうという戦略の一環としての役割が大きかった。しかし、アンゴラの期待に反し、日本や先進国からのアンゴラへの投資はほとんど増加しなかった。また、日本でのアンゴラの認知度は愛知万博後も依然として低く、日本の新聞でアンゴラのことが記事になることはその後もほとんどなかった。
 このような中で、アンゴラと中国との関係は、2000年代半ば以降急速に緊密になってきている。アンゴラの2008年の対日輸出は0.3億ドル、対日輸入は3.3億ドルに過ぎないのに、2009年の対中輸出は146億ドル、対中輸入は24億ドルに達している。2006年以降、中国にとってアンゴラはアフリカ最大の貿易相手国であり、アンゴラからの輸入は、アフリカ全体からの輸入の3分の1を占めている。これは、アンゴラからの原油輸入の増加の結果であり、アンゴラは中国にとってサウジアラビアに次ぐ第2の原油輸入先となっている。中国はアンゴラから原油を大量に輸入する一方、公営住宅建設などの巨額建設プロジェクトを請け負っている。このような関係の中で、昨年11月には中国の次期最高指導者に決まった習近平副主席がアンゴラを訪問し、両国の経済関係をより緊密化するための積極外交を展開している。

上海万博アンゴラ館にて
上海万博アンゴラ館にて

 日本からは、昨年8月に外務副大臣が、南部アフリカ貿易・投資促進官民合同ミッションの団長として南アフリカ、ナミビアとともにアンゴラを訪れているが、中国の次期最高指導者の訪問と比較して、きわめて見劣りする。この5年余りの間に、アンゴラでは、中国の存在感ばかりが大きくなり、日本の影は全くかすんでしまったようである。また、日本においても、アンゴラとの経済関係の緊密化は、政府や企業にとって全く重視されていないようにみえる。愛知万博を契機に、アンゴラと10年近く関わりを持ってきた者としては寂しい限りである。アンゴラと日本の友好関係の進展のために個人でできることには限りがあるが、それでも昨年は上海万博のアンゴラ館訪問や東京で開かれたアンゴラ大使館主催の独立記念レセプションへの参加などを通して、アンゴラの友人達との交流を持つことができた。日本とアンゴラとの国レベルでの交流が飛躍的に拡大することは期待できないが、今後とも個人レベルでの草の根の交流を地道に続けていこうと思う。 

牧野 香三

11.28経済学部生の長い日

トーイックのワン・コイン受験日

先の11月28日(日曜日)、本学の7号館の大教室でトーイックの学内試験が行われました。トーイックの公開試験の受検料は5,985円。団体試験は4,040円。トーイック賛助会員校は2,990円。本学では大学が受験料補助を行っていますので、なんと5百円玉一枚で受験できます。すなわち、「ワン・コイン受験」です。

本学がトーイック学内試験を最初に行ったのは平成12年でしたので、今回は11回目の試験になります。当時はまだ、トーイックは、もっぱら一流企業や外資系企業の社員のための社内適正検査として利用されていて、教育に取り入れている大学はそれほど多くはありませんでした。ましてや本学がいち早く正規授業の科目として単位化したときは「時期尚早」とまでいわれました。最初のころは、受験生は20名ほどでしたが、今回は86名になりました。経済学部からは17名が挑戦して、最高点も経済学部から出ました。来年度は、基礎英語(必修科目)の単位取得のためには「トーイック・ブリッジ・テスト」の受験を義務化する方向に動いています。実現すれば、受験生も得点も飛躍的に上がるであろうと期待しています。

トーイック受験

犬山灯りアートの日

トーイックの学内試験にチャレンジした学生諸君は、終わるや否や経済学部の仲間が待つ犬山城へ進軍しました。九月下旬から開催されていた「秋の犬山キャンペーン」のフィナーレを飾る行事として、経済学部一年生76人が「犬山・灯りアート」を行っていたからです。廃油を再利用して手作りしたおよそ二千個のキャンドルを国宝犬山城の周辺に点灯して幻想的な犬山城を醸し出しました。

◎手作りのキャンドル作りに頑張ったE君の印象。
切った竹や使い終わったペットボトルを容器にして、その中に砂と廃油から手作りしたロウを詰めてキャンドルを作りました。リサイクルで観光資源を創出する大切さを学びました。

◎初めて参加した一年生のKさんの印象。
長い準備期間、当日のチラシ配り、開始してからのキャンドルへの点火や当日の強い寒風に吹き消されたキャンドルへの再点火など、大変な作業でしたが、観光客のかたがたが「わぁー、すごーい!」と歓声を上げられたときは、とても嬉しかった。外国からの観光客の人たちからも話し掛けられた時は感激でした。
 
最後のフィナーレは、嘉永元年(1848年)創業の犬山の酒元「小弓鶴酒造」の吉野様が、すべての学生に行き渡るようにと、たくさんの「甘酒」と「おしるこ」を自らお持ちになり、配ってくださいました。寒さと強い風の中、頑張って良かった。

犬山あかりアート

 

 

 

 

 

 

 

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