荒鹿先生と会計学の出会い(リバイバル)
旧ブログの巻頭記事で、経営学部の会計学担当の荒鹿准教授へのインタビューを掲載しました。再掲しますので、ぜひお読みください。
======== 再掲 =======
人間、どんな出会いで、人生が決まるかわかりません。荒鹿先生の会計学との出会いにもドラマがありました。
(中西)荒鹿先生の会計との出会いについてお話いただけますか?
(荒鹿)実学的な勉強に興味があったので、大学は関西大学の商学部に入りました。
(中西)なるほど。
(荒鹿)ところが1年生で受講した簿記がつまらなかった。先生は大教室で学生に交代で教科書を読ませるだけでした。これが1年続いたのです。
(中西)それはちょっとつらかったですね。
(荒鹿)簿記の単位を取っても達成感がなかったので、2年生になって自分で日商簿記3級を受験することにしました。受験勉強すれば内容が分かるようになるだろうと。問題集を買ってきての独学でしたが幸い合格しました。
(中西)それで簿記が好きになりましたか?
(荒鹿)簿記は、ほかの科目と違い、計算で答えがきちんと出る珍しい科目である、ということが分かりました。そこがちょっと気に入りました。
(中西)文科系の科目では確かに珍しいですね。そのあとすぐに2級を受けたのですか?
(荒鹿)受けました。
(中西)2級の受験はゼミの仲間と一緒に勉強したのですか?
(荒鹿)いいえ。ゼミは会計学の理論がメインで、簿記はまったく扱っていなかったので、またも独学でした。
(中西)日商2級には原価計算や工業簿記がありますね。生産現場を知らない人間にはとっつきの悪い内容だと思いますが。
(荒鹿)そうですね。商業簿記と違い、会社の内部の処理を計算するので、とまどいました。大学で使っていたテキスト(植野郁太『企業簿記システム』国元書房、国芳正巳『入門工業簿記』同文舘)を読みながら理解に努めました。
(中西)それを克服して2級に合格したら、今度こそ会計学が面白くなってきた?
(荒鹿)いや、まだ、そうならなかったですね(苦笑)。実はゼミ活動の偶然の出会いがきっかけでした。3年のゼミのときに、偶々ですが、全国ゼミ対抗研究 発表会が自分の大学で開かれました。開催する大学としては全部のゼミが発表しなければならない。そしてどういうわけか、私が自分のゼミの発表内容をまとめ る役になってしまったのです。私はゼミのテキストで使っていた加古宜士『物価変動会計論』(中央経済社)のある章をまとめることにしました。あらためて読 むと、大変面白い。内容は難しいのですが、著者が何とかそれを読者に分かりやすく伝えようとしている気持ちが伝わってくるのです。とても感動し、どんどん 引き込まれていきました。
(中西)それが“会計学との出会い”ですね。
(荒鹿)ゼミ対抗用の発表資料をまとめてゼミの先生(松尾聿正先生)に見せました。すると先生が「君、大学院に行かないか」とおっしゃいました。
(中西)物価変動会計が、荒鹿先生の卒業研究テーマになったのですか?
(荒鹿)そうではありません。松尾先生には「物価変動会計以外のテーマも勉強しなさい」といわれました。それで結局「外貨換算の会計処理」というテーマで卒論をまとめました。
(中西)そして、そのまま大学院に進学した?
(荒鹿)それが違うのです。自分としてはまだ「実務に会計学を活かしたい」という気持ちがあったので、国税専門官を受験しました。配属先は大阪国税局でした。
(中西)やっと自分のやりたい現場にたどりついた。
(荒鹿)そう期待したのですが、与えられた仕事は法人登記の整理など内部事務ばかりでした。そうした日々を過ごすうちに、もう一度自分を見直したい、と思うようになり、母校の大学院を受験し、再び松尾先生の指導を仰ぐことになりました。
(中西)大学院のゼミではどのような研究をなさったのですか?
(荒鹿)松尾先生は国際会計論がご専門でした。私は先生の大変厳しい指導により国際会計の研究を進めることができました。その後、市邨学園短期大学に勤めることになり、そのあと名古屋経済大学に移り、そこで簿記学や会計学を教えるようになりました。
(中西)現在の研究テーマは何でしょうか?
(荒鹿)「会計基準の国際的統一化」について研究を行っています。
(中西)面白そうなテーマですね。ますますご活躍ください。ありがとうございました。
2007年6月27日 聴取 (聞き手は中西昌武教授でした)