金枝|経済学部ブログ|名古屋経済大学

金枝

名古屋経済大学犬山キャンパスの南側には森がある。その一部は教職員用の駐車場になっている。11月の終わりから12月の初めごろ、この森は見事に紅葉する。夕暮れ時近くになると日差しを受けて黄金色に映える。

デカプリオ主演の映画『トロイ』で、アエネーアースという武将が陥落したトロイを後にする場面が描かれていることをご存知だろうか。この人物は、紀元前19年ごろ書かれたウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』の主人公である。彼はギリシア軍の計略にはまり陥落したトロイの武将である。戦乱の中、妻を見失い、老いた父親を背負い、子どもの手を引いて、トロイから彼は逃れる。その後、苦難の中、信じがたいことに地獄へと下り、死んだ父親と会う。自分とトロイの未来について彼は知ることになる。
英雄の地獄めぐりを実現させたのが「金枝」(英訳“The Golden Bough”)という植物である。冥界の王の妻プロセルピナに捧げられたこの植物は、地獄の川の渡し守さえ恐れおののかせる。それは死後の世界へ行き、戻る力を人に与える。人を蘇生させる力がある。7年間の海上での放浪の後、遂にアエネーアースには「新しいトロイ」であるローマを建設する道が開ける。

大学の公開講座や自分の講義で「金枝」のことを扱うことになったとき、私はこの植物の正体が知りたくて、ウェルギリウスの原典を読み直した。

海上での放浪の途中、溺死した友だちを火葬するために薪となる木を切り出そうとして、アエネーアスは深い森に入る。祈りの後彼は二羽のハトに導かれ、この植物を発見する。『世界古典文学全集』(筑摩書房)の泉井久ノ助氏の訳には、この植物の描写がある。

その木の枝の間より、大気を五彩に染めながら、
黄金の光は迸る。そのさまあたかも林中に、
親ではない樹にまといつく、寄生木の葉が凍りつく、
冬にも繁って、新緑に、映える黄色の実をつけて、
まるい幹をとりかこむ、あたかもそのよう金の葉の、
姿は暗い槲の映え、微風に金片音立てる。

原文を直訳すると、「多様な金の輝きが、複数の枝の間から輝き出ていた」となる。金色には黄色から赤に近い色まで様々あるが、金色の光がその様々な色合いで、細い枝枝の間からほとばり出ている。続くのは直喩の描写である。それは冬か冬至の頃、槲(かし)に巻きつく寄生木(やどりぎ)のようである。冬なのに「新しい」あるいは「未知の」(nova)葉をつけている。実がひとつついているが、それは「黄色」、厳密にはサフラン色(淡い紫か赤)である。この植物は宿主である槲の複数の樹幹を取り巻いている。「葉から出ている金色のもの」(auri fondentis)として描かれたり、風に音をたてる一枚の「金箔」(brattea)にも喩えられる。

アエネーアースはこの植物を手にし、それを護符として死後の世界へと下った。そして再びこの世に帰ってきた。 このような植物を命がけで手に入れようとする人間が出てきても不思議はない。それを命がけで護ろうとする人間も出てくるはずである。
私は、晩秋や冬の大学南側の森の木々の中に金色の輝きを見ると、よく「金枝」の描写のことを思い出すのである。

(大野 隆)